メンタリズムとはマジックの発展した形である

―セオドール・アンネマン

マジックとメンタリズムの違いについて上手い説明を今までしてこなかったと思います。と言うのも私自身漠然とした理解しかなかったからです。

ただ、言えるのは最初のアンネマンの言葉通りであること。つまりメンタリズムはマジックの発展した形、或いは亜種と言うことです。

ベースはマジックであった。これは間違いありません。

しかしマジックでは無いのです。

例えば卓球は元々雨天時にテニスの代替として考案され独自に発展したスポーツです。ベースはテニスですが、テニスと卓球を同じスポーツと言う人はいません。

マジックとメンタリズムの関係にも同じ事が言えるのでは無いでしょうか?(ここまで書いて気がつきましたが、テニスと卓球よりも、バレーボールとビーチバレーと言った方が感覚が近いかもしれませんね…)

ルールが似通っていて同じ様な技術を使いますが、それぞれ独自の部分がありますし、そのフィールド特有の技術もあります。

素人から見たら、バレーボールが出来る人ならビーチバレーも出来るだろうと思いますが、単に「出来る」のであってその分野のスペシャリストほどは出来無いのです。テニスも卓球をやっていた人はすんなり出来ますが、逆をあまり聞かないので、やはり卓球とテニスを例にしたほうが良いかも知れません(ぉぃ)

これはマジックとメンタリズム、マジシャンとメンタリストの関係に似ていると思います。

さらに言うとマジシャン側はメンタリズムについての認識があまりしっかりとしていない傾向があります。マジシャンはマジックとメンタリズムを同質の物だと思っている事がほとんどです。(ケン・ウエバーの『マキシマム・エンターテインメント』に似たような記載があります)

ケン・ウエバー (著), 滝沢敦 (編集), 田代茂 (翻訳)

しかし、厳密には競技が違います。人、フィールド、ポイントが違います。

メンタリズムとマジックの違い

私の考えでは3つのポイントがあります。

  1. リアリティ
  2. ゴール
  3. 催眠術的要素

リアリティ

メンタリズムを行う上で重要なのはリアリティだと私は考えています。

マジックはどこか非現実的な所がある現象が多いのですが、メンタリズムはひょっとしたら本当に起きているのかもしれない、訓練すれば出来るかもしれないと匂わせることを第一に考えている節があります。

マジックでもスライハンドを駆使した物がありますが、それは超常的ではありません。

超常的な現象を起こしつつ、それが実際に起こり得ることだと思わせるのがメンタリズムと言えます。

ゴール

恐らくこれがマジックとメンタリズムの最大の違いです。

メンタリズムは現象が失敗しても、最終的に演者が凄いと思われたら成功です。

マジックでは現象が失敗したらリカバリーをしてなんとかショーを盛り上げようとしますが、メンタリズムのショーでは失敗も1つの結末となります。

特にピュアなメンタルエフェクト、特殊な道具や仕掛けを使わずに暗示誘導だけで現象を起こすような場合、成功すれば非常にインパクトの有る結末になりますし、失敗したとしてもそれはそれで仕方ないという雰囲気が出ます。

たとえトリネタで失敗してもそのまま終わる場合すらあります。

毎回100点を狙いに行かない。出来れば85点位を平均にしたいけど、20点以下の日も稀にある。というのがメンタリズムの特徴です。

メンタリズム業界で有名な人は、マジックは目標に向かって直線的であり、メンタリズムはチェックポイントはあるがゴールはその時の流れで決めるという違いがあると言っていました。

私もこの考えに賛成しています。

ただ…失敗しても良いからと言って気楽なわけでもありません。多くのマジシャンがここを勘違いしているように思います。

純粋な能力だけでやるからこそ失敗と言う結末があり得るのであって、ワザと失敗するわけでも、準備不足で挑んで良いと言うわけでもありません。

万全の準備と日頃の練習があってこその真剣勝負であり、真剣であるからこその緊張感がリアリティを生みます。

取り敢えずやって見て、上手くいかなかったらアウトを使う、或いは適当に理由を付けて誤魔化すと言う人も居ますし、ワザと失敗することでリアリティを出すと言う人も居ますが、それで生み出される程度のリアリティに意味はあるのでしょうか?

例えばルーク・ジャーメイはトリックと純粋な能力を混ぜたルーティンを行なっていますが、彼はトリックである時でも自分が本当に能力を持っていると言う強力なマインドセットをしています。(レクチャーノートにこの考え方について書いてあります)

催眠術的要素

実際に催眠をするかしないかではなく、催眠術的な考えをしているかどうかです。

この3つ目は蛇足に近いのですが、メンタリズムをする上で催眠術的な考えは意外と重要です。

メンタリストと名乗っていませんが、ダレン・ブラウンは元々催眠術からキャリアが始まっていますし、ルーク・ジャーメイもレクチャーノートでは催眠術の話が出てきます(ジャーメイの場合は催眠術はやらないと言っていますが、結果的に催眠術と同様のテクニックが使われています)。

現象を起こす上で催眠術的な思考や心構えは、明示していなくても行動に現れますし、その身体表現が暗示誘導をする上でのポイントになることがあります。

何故メンタリストと名乗らないのか?

最後にこの事について少しだけ書きます。以前にもどこかで書いた気がしますが…(^ρ^)

ダレン・ブラウンやルーク・ジャーメイがメンタリストと名乗っていないのは割りと有名ですね?ざっくり言ってしまうと、メンタリストという呼び名の歴史を考えた結果だと予想されます。

メンタリストは元々心霊商法でがっぽり稼いでいる詐欺師を表す言葉だったからです。

蔑称だったわけです。

海外ドラマの「ザ・メンタリスト」では主人公が元々心霊系の詐欺師という設定も含んだ上でこのタイトルになっています。作中でも前シーズンを通して「メンタリスト」という単語は2回位しか出ていません。しかも若干皮肉を込めた言い方をされています。

サイモン・ベイカー (出演), ロビン・タニー (出演)

それでもメンタリストがメンタリストと名乗らざるを得ないのは、他に適当な呼称が無いからです。もしくは単に無知だったか。

マインド・リーダーと名乗るとマインド・リーディング系の縛りが出来ますし、ヒプノティストと言えば常に催眠術をやっているイメージが付きます。

総合的にやりたいけど、マジシャンとは違うとなるとやはり「メンタリスト」という呼称が妥当になります。

ブレインダイバーやマインドハッカーなんて名乗る人も、マジシャンとは違うことを表しつつメンタリストという単語を避けた苦肉の策な気がしますね。

特に日本ではメンタリストと言うとあのDから始まる人の印象が強すぎますし、あれはあれで偏ったメンタリストのあり方なのでやはり同一視されるのは面白くないという考えがあるのかもしれません。

ちなみに、私も自分の呼称を考えた時に結構困っています(笑)

私は非マジシャンだけでなくマジシャンからもマジシャンでは無いと言われ、かと言って催眠術師と呼ばれることも無いのですが、日本人の想像するメンタリストとも違うのでそう呼ばれることもほぼありません。

そして上述の理由から自らメンタリストと名乗るのも気が引けています。

というわけで、良い呼称が無いので、もし良いのが思いついた方は是非連絡を!٩( 'ω' )و

最後に、私とてはメンタリズムを行使するのが必ずしもメンタリストとは言えないと考えています。

マジシャンがメンタリズムをやっても構わないという考えです。単に一般的なマジックのルーティンと相性が良く無い場合があるだけで、メンタリズムと相性の良い演出をマジシャンももちろんいます。

例えばスティーブ・コーエンは「億万長者のマジシャン」と名乗っていますが、メンタルフォースの様なサイコロジカルなスキルを使ったこともやっていますし、ダレン・ブラウンはカードマジックとメンタリズムを同時にやっても構わないと言うスタンスです。

結局は自分の在り様について自分がどう思っているのか、周りにどう言う立場であると示したいか、どう思われたいかによって自由に名乗れば良いかと…普通の結論に着地します。

まぁ、私の場合、最近はメンタリストと呼ばれることが非常に多いので、いいかげんメンタリストを名乗るべきなのかも知れませんが…とりあえずはマインド・リーダーあたりで無理やり着地点を持ってこようとしています(^ρ^)