マジック・ショップを見ていると、「賢い」とか「狡い」みたいな表現がされることがあるわけですが、個人的にそれが真実だと思ったことはほとんどなく、自分の思う「賢さ」と世間でいう「賢さ」がズレているのでは?って話です。

奇術分野に限らず「頭の良さ」がまず一般的に定義できませんし、その人が「賢い」と思えばそれは「賢い」で間違いありません。IQの高さだって、IQテストに対する理解力が高いか低いかが分かるだけで、直接的に知性を表しているとは限らないってのと同じです。

つまり、「賢さ」には個々人の基準があるわけで、それが表明されていないと何を持って賢いと判断しているのかが伝わりません。

ということで、今回のテーマは私が思う奇術における「賢さ」の基準についてになります。

「狡い」を考える

賢さの話をするのに、「狡い」について考えようとしている自分は愚かなのかも知れません。(後でタイトル変えるかも…)

まぁ、狡いと賢いは並び立つと言いますか、「狡い≒賢い」 みたいな所もありますし?

まず、奇術は相手を欺くことで成立する芸です。

奇術 (きじゅつ)は、人間の錯覚や思い込みを利用し、実際には合理的な原理を用いてあたかも「実現不可能なこと」が起きているかのように見せかける芸能。通常、観客に見せることを前提としてそのための発展を遂げてきたものをいう。

相手を騙しそう見せかける芸能である以上、「狡い」のは当然です。なので、私個人の意見としては、狡くない奇術は奇術ではありませんし、よほどでない限り狡いとか賢いとは全く思えないわけです。

「彼は東大生で、頭も良い」みたいな言い方はあまりしないと思いますが、それと同じです。

東大生の時点で頭が良いのは自明なわけで、そこで特に「頭が良い」と表現するには更に要素を追加しないと同じ意味を繰り返しているに過ぎません。

「賢い」の基準

狡いのは当然として、狡ければ狡いほど良い奇術だと認識しています。

そして、相手を騙す際に、より少ない手順、或いは少ない労力で達成できる手法を「賢い」と考えています。

つまり、同じ現象を達成するのに工程数や労力を如何に減らしているか、より少ない手順で目的を達成できるほど賢いと考えています。

もっというと、その極限まで工程数を減らす過程で、相手にそうと気が付かせない工夫も賢いに含めて良いんじゃないかなと…

ギミックを使うのは間違いなく賢い?

演者の負担を下げて、現象をより確実に起こせるギミックは基本的に賢いと言えます。

ただ、使うのにやたらと気を使うとか、故障が多く動作が安定しないギミックは労力が増えるため、賢いとは言えません。

例えば、マークトデックは隠密性が高いほどバレにくくなりますが、読み取る際の負担が高くなります。

逆に読み取りやすいほど隠密性が下がるため、最終的なコストはどれも同じだと考えることができます。(一部特殊なマークトは除く)

特にメンタル系で使われるギミックについては、隠密性が高く、なおかつ目の前で使ってもわからないものが多いため、ノーギミックでやるよりも遥かに不可能性が高い現象を楽に起こすことができます。演出面で気をつけることはあるものの、演者負担や工程数を考えると賢いと言えるものが多くあります。

実はスライハンドって賢いかも?

ノーギミックのスライハンド系を実は賢いと思っています。

まずギミックを使っていないため気楽ですし、技術が上がれば上がるほどコストは下がっていきます。

高いのはテクニックを身につけるまでのコストくらいなので、目標とする現象がスライハンドだけで達成できるならそれはどんなに難しくても賢いです。

逆に、技術のない人がスライハンドオンリーでやるのは愚かとしか言えませんが…

サイコロジカルな手法は愚かである

個人的にサイコロジカル・フォースとか暗示を使った現象が好きですが、これは非常に愚かな手法だと思っています。

様々な手法を組み合わせ観客を上手く誘導できていたとしても、いざ相手が選択を最終局面において全く別の要因で失敗する可能性もあるわけで、どう考えてもコストに見合っていません。

奇術の定義的にも、暗示系はガチでやっているため「見せかる芸能」ではありません。

どんなに優れた手法であろうとピュア・メンタリズムやサイコロジカル・フォース系は奇術的に愚かです。

具体例を交えて…

今回は私はどういったものに賢さを感じるかって話なので、少し具体例を交えて紹介します。

例えばアンビシャスカード:

相手の選んだカードが手も触れず、いつの間にかトップから現れる現象ですね。個人的にアンビシャスカードは「演者の接触感を減らす」ほど上手いと思っているわけですが…

これを最大限達成する場合、スヴェンガリデックを使うのが最も効果的だと考えています。

しかし、スヴェンガリデックを使うとデックの検めができません。そこで、この検めを回避する様な演出や台詞回しがああると私はそれを「賢い」と感じます。

もちろん、そんな工夫は中々できない(少なくとも私にはいいアイディアがパッと浮かばない)ので、レギュラーデックを使った方が演者負担は低いと思っています。

で、レギュラーデックを使った場合、観客のカードがデック中程に入ってからトップに出るまでの間、極力演者の介入が無い様に感じたほうが良いため、ダブルカットやシャッフルを混ぜるのは「賢い」とは言えません。

もし腕に自信があるならパスでトップコントロールしてもいいですし、スティールして観客にシャッフルしてもらってからリプレイスって手もあります。これはフラッシュさえしなければシンプルで賢いと感じます。
(フラッシュは個人的に最も愚かな事象の1つだとカウントしています)

個人的にアンビシャスカードで最も賢いと感じるのは、観客の視線を外すことです。特に観客が「トランプをずっと見ていたのに…」と思ってくれれば最高ですね。

視線、或いは意識さえ外れていればパスでも単にカットしただけでも良く… これができるなら「最小限の工程数で同じ現象を起こす」が達成できるわけです。

そういうわけで、ルージングコントロールがすごい好きですし、False Anchorに出てくる某フォースとトップコントロールを組み合わせたような奴も好みです(やりたいとは思いませんが…)

ウィッチ・ハンドの場合

バレないのが前提ならギミックを使うのが最も賢いです(出落ち)

ギミックレスでやるなら、V2よりはTimon Krauseの方法が賢いと感じます。

V2は手順の煩雑さや観客が混乱して指示通りに動かない可能性を考慮すると、そこまで頭の良い方法だとは全く思えません。むしろリスクやデメリットばかりが目立ちますしね…

それに比較するとKrauseの手法は、質問を一切せずに一瞬で当てることができるため、これも「最小限の工程数で同じ現象を起こす」を達成しています。

まとめ

話が長くなってきたのでこのへんで終わります。

「賢い奇術」が必ずしも良い物だとは限りません。例えば、何らかの要因により「誰にも真似ができない奇術」は希少性の点から価値が非常に高く、それを見るためだけに金銭を支払うのは納得できる構造です。

と言ったものの、これって実は賢いんじゃないかな?とも思っています。「最低限の工程数で同じ現象を起こす」手法を「賢い」とするなら、その現象を他の人が起こせない場合、どんなにコストが掛かろうがそれは「最低限の工程数」になるため、それこそが「最も賢い手段」であるわけです。

つまり、私の考え方では、その奇術が属人的であれあるほど賢いと判断されることになります。これはもしかすると一般的に「賢い」と言われる奇術とは真逆の発想かもしれないな…って話でした。

ちなみに、私は愚かな手法が結構好きですし、それが受けないとも思っていません。

あくまでも私の思う「賢さ」なので、違う意見も聞いてみたいところです。