マジックにはオリジナリティが大事と言われています。

オリジナリティ…オリジナリティ…オリジナリティ…オリジナリティ…オリジナリティ…

オリジナリティってなんなんでしょうね?(ぉぃ)

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オリジナリティ

辞書で「オリジナリティ」と引くと「独創性」「創意」と出てきます。

“originality”だと「独創性」「独自性」「創意」「オリジナリティ」「斬新さ」と出てきますが、訳で「オリジナリティ」があるのはどうかと思いますわ…(^ρ^)

 

英英辞典では”the ability to think independently and creatively”、つまり意訳すると「独自的、創造的な考えをする能力」ですね。

オリジナリティは、個性と言い変えることもできます。

(「個性」を英和辞典で調べると”originality”と出てきます)

マジックのオリジナリティ

マジックの手法やアプローチにおけるオリジナリティとは何でしょうか?

現象単体で見たら、アンビシャスカードは方法がどうあれ「カードが移動する」現象です。つまり、現象から見た場合、アンビシャスカードはどんなやり方でやってもアンビシャスカードであり、オリジナリティは存在しないと言えます。

抽象化したらどんなものも一つの要素に収斂していくので、これはただの言葉遊びですね(^ρ^)

ということで、マジックをもう少し具体的に見た場合のオリジナリティについて考える必要が出てきます。

構成要素から見るオリジナリティ

マジック=現象と考えている人は多くないと信じています。

個人的な考えですがマジックの構成要素としては以下のものが含まれます。

  • 現象
  • 演出
  • 演者

実際はもっと多くの要素が出てきますが、話をそこまで広げる気がないのでこの3つを主軸にします。

現象

現象の系統でオリジナリティを出すのはほぼ不可能です。

古今東西必ず被りが出ますし、現象そのものはほぼ出尽くしていると言っても過言ではありません。
(現象によってすべてのマジックが分類できそうなくらいですしね…)

もし、いまだかつて存在しなかった現象を創り出す事ができて、他の人が容易に真似できなければそれはオリジナリティと言えます。

 

ここで注意が必要なのは、技術は現象の付属品であるということです。
時々「オリジナル技法作りました」みたいな話が聞こえてきます。もし、オリジナル技法を編み出したとしても、起きる現象が既存のものと変わらないのであれば、そのオリジナリティは評価されにくくなります。

 

技法は料理に使う調理器具、道具と同じだと言う人がいます。

切れる包丁になったからと言ってダイレクトに料理の味に反映されるかと言うと、必ずそうとは限りません。その違いが分かる人はきっとそういう物に慣れ親しんだ人です。

カレーに入れる玉ねぎをミキサーで切ったのか、手作業で切ったのか、ほとんどの人は食べただけでは分かりませんよね?
もちろん調理過程を見れば分かるかも知れませんが、マジックではその過程を見せることも出来ないので、結局は実際に見える範囲でしか評価ができません。

もし、優れた道具(技法)を見せたいのであれば、それが最大限引き立つ料理(現象)を考える必要があります。

演出

恐らく多くの人が言うオリジナリティはここに集約されます。

アンビシャスカードをまた例に挙げますが、「カードの移動現象」をどの様に味付けするかはその人次第です。
魔法によって移動するのか、その移動は一瞬なのかゆっくりなのか、なにか呪文は必要なのか、誰も見てないときに起きるのか、わかりやすく移動するのか…etc

有名な人のルーティンを完コピしない限りは、演出の差でオリジナリティが生まれます。

一時期のブームで「以前にクリーニング屋でバイトしていて〜」的なセリフが流行ったと聞きます。
これ自体も原案でも出てくるセリフなので、前田知洋氏もそのままやっていただけと言えます。ただ、日本のテレビで最初にやった、アクトのその部分でその現象をやった、そのセリフをチョイスした、演出の取捨選択でオリジナリティがあると観ている人に判断されたのだと思います。

問題があるとすれば、その演出が受けたからと言って、何のひねりもなく完コピ、或いは劣化コピーをする人が続出したことです。

 

しかし、私は完コピでも劣化コピーであったとしても、問題ない場合もあるとも考えています。

演者

この要素がある限り、他人のルーティンをコピーしようと、オリジナリティを出すことができると考えています。何故かと言うと、人間はユニークだから。オリジナルよりも更に独自性が高いのがユニークです。ユニークとは「唯一」です。

そして全く同じ人間はこの世の中にはいません。人はみな違っています。演者そのものが前に出てきさえすれば、それは個性の発露と言えるはずです。

しかし、この演者の人間性、キャラクター、要素が表に出てこないマジックがあまりにも多いのではないでしょうか?

非マジシャンの知人とマジックの話をすると、大体がテレビで見たマジックの話になります。自然な流れですが、一つだけ面白いと言うよりは、やばいと思うことがありました。
それは、マジックの現象は覚えていても演者についてほぼ何も覚えていないことです。アンビシャスカードをテレビで見たとしても、それを誰が演じていたのか記憶していません。流石にMr.マリックやセロの名前は覚えていますが、「耳が大きくなった」のマギー審司の名前が分からなかったのは個人的に意外でした。

耳が大きくなる現象は覚えていても、それをやっていた人の印象がぼんやりしているわけです。つまりコピーが悪なのではなく、コピーした結果、演者の存在が消えてしまうことに問題があるわけです。

 

本来の自分とはかけ離れたキャラクターを演じようとすると、そこには歪が生じます。役者であれば上手く演じることができるのかもしれませんが、マジシャンがそのレベルの演技ができるとは到底思えません。

無理に明るく、笑いが取れるキャラクターを作ったとして、元々持っていた個性が出てこないのであれば、演技が終わった瞬間に演者の存在が無になる可能性があります。最悪現象だけが覚えられて、誰が演じてたのか後から思い出せない、なんてこともあります。

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